大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1796号 判決

被告人 松田繁秋

〔抄 録〕

所論は要するに、原判決の認定によれば、被告人が大型貨物自動車(以下被告車という)を時速約四〇キロメートルで運転中、判示交差点の直前で停止すべき業務上の注意義務があることを前提とし、先行の井上明夫運転のマイクロバス(以下前車という)が進行を継続するものと即断し、これに続いて右折を強行しようとして同交差点に向け同一速度で進行した点を過失としているけれども、前車は交差点の中に黄色信号の状態で進入したのであるから、すみやかに右折して交差点外に出なければならないのに、この義務に違反し、突然交差点の中で停車したため、後続の被告車が追突したもので、本件事故は、右のように前車の運転者の義務違反に起因するものである。また、当時被告車の進路には数台の車両が連続して緩行していたので、被告車のみが時速約四〇キロメートルで進行したと認定するのは不合理であり、これらの認定上の誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認に該当するから、原判決は破棄されるべきである

との趣旨の主張である。

よつて記録を調査して検討するに、原判決が被告人の過失の内容として判示するところは所論のとおりであつて、けつきよく、時速約四〇キロメートルで進行中交差点の入口の手前一六・七メートルで黄色信号を認めたので、交差点の直前で停止すべき注意義務があつたとしているのである。けれども、論旨も指摘するとおり、被告車の制動距離は、空走時間を一秒として計算して、時速四〇キロメートルの場合はゆうに二〇メートルを超え、したがつて一六・七メートル以内に停止することは不可能であることが関係証拠および経験則上明らかである。されば原判決が被告人に対し前記の如き注意義務があるとしたのは不能を強いるものというべく、これを前提として過失を認定したのは経験則の適用を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認があることに帰し、原判決はこの点において破棄を免れず、論旨は結論において理由がある。

よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により被告事件につきさらに判決をする。

罪となるべき事実

被告人は自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四四年一一月一〇日午後零時三〇分ごろ大型貨物自動車(富一せ四八九八)を運転し、長野市中御所地内国道一九号線の路上を裾花橋方面から進行し、同所四番地の国道一八号線との交差点の手前(東側横断歩道の東端を基準とする、以下同じ)約三二メートル付近において対面信号が黄色を示しているのを確認したが、その際自車は時速二〇余キロメートルであり、その前方約一六メートルに井上明夫の運転するマイクロバス(以下前車という)が同方向に進行するのを認めていたのであるから、このような場合、自動車運転者としては、前車が右交差点において信号に従い、または国道一八号線の交通の状況に応じて停車することを当然予想し、前車の動静を注視確認し、速度を調節し、ゆうに交差点の直前では停止しうる態勢で進行するなどして追突の危険を未然に防止する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前車が右折の合図をしながら右交差点に進入するのを見て同車が進行を継続するものと即断し、自車もこれに追随して右折を強行するため、時速約二〇キロメートルからさらに増速する態勢でそのまま交差点に進入しようとした過失により、前車がその直後右折を断念し東側横断歩道上に跨つて停止したのを認めてただちに急制動の措置をとつたが間にあわず、前車に自車前端を衝突させ、その衝撃により、前車に乗車していた別紙一覧表記載の近藤うた子外一五名に対しそれぞれ同記載の全治期間を要する頸部挫傷の傷害を負わせたものである。

証拠の標目<省略>

弁護人の主張に対する判断

弁護人は、前車の運転者井上明夫が黄色信号で交差点に進入しながら急停車したのは、道路交通法施行令の規定に違反し、且つ被告人の期待を裏切つたもので、このことが本件追突事故の原因であると主張する。

けれども、証拠によれば、前車の井上明夫は、右折するためいつたん交差点に進入したところ、交通道路を直進する車両との関係で右折することに危険を感じて交差点内に停止したことが認められる。仮に井上明夫の右の行為に道路交通法施行令に違反する点があつたとしても、車両の輻輳する道路では、このようなことは通常ありうることであるから、被告人としては、前車が交差点に進入しても右折しきれず交差点内に停止するかもしれないことを当然予想して道路交通法規の定めるとおり交差点直前で停止し、もつて追突の危険を避けるべきであつたといわなければならない。にもかかわらず被告人は、交差点の手前約一〇メートル前後の位置で前車の後尾を約五ないし六メートル前方に認めながら、判示のように増速の態勢で交差点に進入しようとしたことが証拠上明らかであつて、前車が信号の状況にもかかわらず引き続き進行右折するであろうと期待すべからざることを期待した、無謀な運転であつたというべく、本件事故が被告人の右のような過失に因ることは明らかであるから、弁護人の右の主張は採用することができない。

(吉川 岡村 稲田)

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